
青い花 2
通読して、本棚にならべていた1巻から読みなおして、もういちど読んだ。セリフとモノローグをこれほどきりつめているのに、複雑だ。
松岡女子高校から杉本先輩が客演する、藤ヶ谷女学院の演劇祭は当日をむかえる。高等部公演の演目は、あの『嵐が丘』。
『嵐が丘』といえば、作者であるエミリー・ブロンテは同性愛者だった、という説がある。サマセット・モームが自著のなかで、彼女が男のようだったという印象と、男性の恋人をもった事実が知られていないということから、そう推定している。でも、むろん本当のところはわからない。この作品が、彼女にとって唯一の長篇小説だ。
『嵐が丘』において描かれる、すさまじいまでの激情やあらあらしさは、『青い花』の淡々とした筆致とはおよそかけはなれている。しかし、この『青い花』にさしはさまれる劇中劇においては、見せ場であるはずの「私はヒースクリフです!」というくだりでさえも静かに、むしろつぶやくように口にされる。熱情をたぎらせつつ叫ぶのではなく、ただ目を伏せるようにしてつぶやかれている。そこにある激しさは変わらないままに。
そしてヒースクリフもとい杉本先輩は、わがままなキャサリンを、自分たちに重ねて見ているようであり、「私は好きじゃないな……」ともいうのだ。
そんななか、杉本先輩に「がんばってください」と伝えにいったのに言うのを忘れ、そのうえ幕が下りて舞台裏へかけつけるときにも、花束を忘れるふみちゃん。その先輩のもとへ、ひと足はやく大きな花束をかかえてやってくる各務先生。そして、先生のねぎらいの言葉に、先輩はがらにもなく涙を流し、ふみちゃんはそれをしっかりと目撃してしまう。それまで知らなかった先輩の表情。ちょっとしたすれ違いの積み重なりが、しだいに決定的なものになっていく。
あーちゃんはあーちゃんで、ふみちゃんのために杉本先輩を問い詰めにいったにもかかわらず、先輩の各務先生に対する思いを知って言葉をなくしてしまう。
一方で、当の先生は、その思いを生徒の井汲さんからあらためて指摘され、「そう思いたいなら思っててください」と突き放している。その井汲さんもまた、先輩にむくわれない思いを寄せていて、たびたび同じように突き放されている。
あーちゃんは結局、ふみちゃんの気持ちはもちろん、井汲さんの気持ちも杉本先輩の気持ちも切っては捨てられなくて、そんなふうには突き放せないのだ。誰かが選ばれれば他の誰かは選ばれないのだから、みんなが幸せになれるなんてことはあるわけがないのに。その前に、あーちゃんが思い悩むような問題でもないのだけれど。
それでも真剣にでしゃばってしまうあーちゃんだからこそ、内気なふみちゃんに「大好きよ」とまで思わせるのだろう。
にしても、杉本先輩の家に招かれたふみちゃんが出会う、家族の方々は強烈だった。一瞬、他の登場人物がかすんでしまうほど。家族がここまで前面に出てくる百合漫画を、あまり読んだことがない。もしあんな強そうでかっこいい姉さんたちがいたら、私もきっと頭が上がらなかっただろうと想像して、先輩が気の毒なような、それでいてねたましいような気がした。




